起業家インタビュー新しい施術法で難病を治療、「根本改善美容」で社会に貢献。

2019.01.15


起業HISTORY

【起業家のご紹介】
モデル、俳優という仕事を通じて美容に興味を持ち、整体、リフレクソロジー、足踏み、ストレッチ、アーユルヴェーダ、五行説、オイル、骨気、骨盤矯正などあらゆる美容法を学ぶ。そこから筋肉、骨、リンパ、経絡全てを整え、一過性の施術と違いゴールの見える施術「根本改善美容(こんぽんかいぜんびよう)理論」を開発。
さらに心と身体は2つで1つという理念からクリスタルセラピー、ウォーターセラピー、オーラリーディングなど心に働きかけるケアも学び、心身共に根本から美しくする施術を追求している。

起業のきっかけ

記者  まず、今の事業を起業したきっかけを、お話しいただけますか?

三島社長  三島社長  僕は、17才から不治の病でした。自殺頭痛と呼ばれる「群発頭痛」を発症したんです。
特効薬がまだ無い病気で、24才ぐらいまでは、ずっと苦しみながら生きていたんです。
これを治すために東京中の医療や整体、気功みたいなものまで、600万円くらいのお金をかけていろいろ試しましたんですが、全く治らないので、自分で治療法をつくるしかないと思いました。つまり、自分を治すには、自分で学ばないといけないという結論にたどり着いたんです。
そこで、自分の体をみたりしながら、いろいろ研究し、効果がありそうな医療にたどり着けて、実行したら2ヶ月くらいで病気が治ってしまいました。
そして、自分をこれだけ苦しめた病が治る方法なのだから、世の中にもっと広めるべきだと思ったのがきっかけで起業しました。

記者  探し続けた結果、求めている施術をするお店がなかったということではなく、そういう施術の文化自体がなかったということですか?

三島社長  自分の治したいっていう要求に対して、的確にアドバイスしてくれる程の知識とか、
医療っていうのがなく、薬で治療という方法になったが、自分には合っていなかったんです。
今の自分はしっかりと知識をもってるんですが、知識が無い人が、治そうとしてどこへ行っても同じ結果になるんです。
例えば、肩が痛いから肩を揉んでくれっていうと、揉んでくれて治るんですけど、
要因として肩に症状が出ていても、肩に原因がない場合に治す方向性というのが、プロ側から知識として世の中に提供されていないんです。ネットとかを含めてですが、全然発信がされていないというのが現状です。僕の場合がそうでした。

記者  もともとは、三島社長ご自身も全く知識が無かったんですか?

三島社長  基本的には、学校に行って学んだわけではなく、全て独学でした。
独学で、施術の本を見るとか、受けた施術の良かった部分とかを全部切りとっていったんです。そういった方法で僕の施術法は創られています。

記者  三島社長の施術の特徴はどんなものですか?

三島社長  この世の既存の施術のネックは、往々にして筋肉にしかアプローチしていないということなんです。
例えば、揉んだり、ほぐしたり、指圧したり、ストレッチしたりだとか、針とか機械だとかを使って、筋肉に対してアプローチすることで終わってしまっているのが現状です。

記者  筋肉へのアプローチだけでは、いけないのですか?
人間て筋肉だけでできているわけではないので、それ以外の部分も診ていこうっていうアプローチを突き詰めた施術は、僕が知る限りは存在しなかったので、自分で創ろうということにしました。
筋肉以外の骨やリンパや経絡や内蔵なども対象に、さらに心とかも、それら全部を導入した施術方法を確立してみようという研究からはじめたんです。

記者  もともとなにかやりたいなと思った時に、すぐに行動にうつすタイプでしたか?

三島社長  そうですね。今でも変わらないんですけど、感じたら動く、動いた結果で何かが起きるので、起きたことに対して、答え合わせをして、またやっていく感じしか考えてないです。

記者  いろいろな社長さんにお話を伺いますと、もともと起業気質な人、家庭がそういう家庭であった人、子どもの頃から独立したいという気持ちをもってた人、そういった「起業してやる」っていう人が多いのですが、三島社長はそっち側ですか?

三島社長  たぶん、そっちか、そっちじゃないかでいうとそっちじゃないと思うんです。
別に起業しようとは、考えていませんでしたが、26才ぐらいで自分の病気が治った時、異常なほどうれしかったんですね。
そして、この異常なほどのうれしさを人に伝えたいなと思った瞬間に、「やろう」と思えたんです。
もともと起業の気質はあんまり無かったんですが、人と違うことをするとかっていうのは、学校でみんなが右に行くから左に行く、みたいなあまのじゃくな部分はあったけど。気質は無かったです。

起業までの期間

記者  起業したいなって思ってから、実際に起業完了までは、どれくらいの期間がありましたか。

三島社長  3ヶ月でやりました。以前働いていた店を離れるときに、僕のお客様は、これからどこに行けばいいのか、わからない状態になってしまったんです。
その人たちのために、自分がつくり直した技術を会社として3ヶ月後に必ずつくりますと宣言して、「いらっしゃっていただけませんか?」っていう約束をしたから3ヶ月でやりました。

記者  コミットされたわけですね。

三島社長  いつまでも待っていただくというわけにもいかないので、大切な人たちが待ってくれるだろうと僕が思った期間が3ヶ月だったんです。

記者  前にお勤めになっていた会社というのはどんな会社なんですか?

三島社長  整体のサロン、いわゆるマッサージ屋さんですね。

記者  そこでの三島社長のお客さんに当たる人たちに対して、責任持って続けさせていただきますから来てくださいねっていう流れで、起業になったんですか?

三島社長  でも、そういう人が多くはなくて、そのときはただの施術士とお客さんだったので、個人で連絡を取り合うっていうような関係の人は、ほとんどいなかった。ほんとごく少数です。
むしろ自分で名前だけ覚えていた人にFacebookやメッセンジャーでメッセージを送って、謝罪をして、約束をして広めていきました。

記者  起業の知識はあったんですか?

三島社長  起業までの約束3ヶ月のところからなんですけど、残念ながら学がなかったし、起業なんか別に触れた事も無いですし、知り合いに社長がいたとかもないですよ。
ちょっとお世話になった社長をしているおじいちゃんは、知り合いにいたけれども、起業の話なんかしたことなかったし、ちょっと一緒に飲んでたくらいの関係だったので、そもそもノウハウも知識もなかったんです。
じゃあどうしようと思ったときに、リサイクルショップの本屋さんですけれども、そこに行って、100円で起業とか、理念とか、起業に関する自分なりに必要なものだと思う本を100冊買おうと、100冊買ってその100冊を24時間のファミレスに籠もって読もうと決意したんです。
それから、1ヶ月間ほぼ毎日行って、24時間ドリンクバーだけで籠城して、全部本を読んで、その本の中で、自分の中に刺さるようなものを全部書き出してノートをつくったわけです。
100冊読んでできたノートっていうのが、僕の中の理念や起業ノートになるので、それをやりました。

記者  起業もいろいろで、趣味の延長上でやるとか、お金を稼いでやるぞと意気込んでやるとか、売り上げより先にディフェンスを固めるとか、とりあえず起業してみるとかありますがどんな感じでしたか?

三島社長  順序でいうと先にノートをつくって、自分の中の中途半端なものを全部、ノートにアウトプットした状態から、聞いて貰う人を探しました。
ノートをつくったので、こういう事だったらビジネスできるなって納得できるようになっていきました。
そのノートを使って、知り合いに一人だけいたお世話になった事のある社長さんに、こういうことを世の中のためにやりたいんですけど、どうですか?っていう風に相談したら、「いいやん」って言われたんで、その人からアドバイスを聞くっていう感じになりました。

記者  100冊は、ざっくりとジャンル分けすると、どういった本があったんですか?

三島社長  ジャンル分けは、お金の本とか、「100円のコーラを1000円で売る方法」みたいなマーケティングの本とか、宇宙的な本とか、身体の本、また、自分の持論なんですけど、やろうとしていることの外に答えがあると思ってるので、絵本とか、漫画も好きなので、漫画をあえて読むとか、
あとは、有名なうまく成功している人の本だとか、理念だとか、いわゆる本棚に行ったら、名前で「だれだれさんシリーズ」みたいなののベストに選ばれたやつを見たりとか、そういう歩調でとにかく100冊買いました。

記者  100冊読まれたのは、準備期間の3ヶ月間ですか?

三島社長  3ヶ月の内の1ヶ月です。

記者  本はよく読まれていたんですか?

三島社長  読まなかったですね。
昔から、先輩方に「これ読め」っていわれても、なんでか解らないけど読まなかった。
読む理由がないから、「わかりました」って言いながらポイッて捨ててたんです。
でも、このときから読むようになりましたね。読むことが大事なことだっていうのが、理解できたんです。今は月に10冊くらい買って読みます。

起業中の出来事

記者  起業時に大変だったことはありましたか?

三島社長   ポジティブな感じでしたので、マイナス面ではないですね。
あえてマイナス面をあげると、結婚はしていたので、どうしようかなっていう話を初日だけ妻にしました。
でも、妻が素敵な妻なので、こうなっちゃったんだけど、どうしようかねって相談したら、開口一番に「おめでとう」って言ってくれました。、話すときはちょっとドキドキしていました。

記者  起業する前からご結婚されていて、支えてくれたわけですね?

三島社長   その3ヶ月の間に子どもができたりとかありました。
でも、社会のルールを知った時に、一瞬怖いなと思うことはありました。
お金の仕組みについて勉強してみて、みなさんこんなとこまでちゃんと身につけているんだなっていうことを知った時は、普通の人と自分の落差に対して、ショックでした。

記者  例えば、どういったことですか?

三島社長   例えば、100円の物を1000円で売る方法といわれても、「無いでしょう」としか思っていなかったんです。お弁当の価値を上げるにはどうすればいいかと問われて、量を多くするとか、中のものをめっちゃ高くするとかだとコストが上がるから利益がないということが、全然考えられなかったんです。
同じ物なのに価値を上げる方法には、お弁当を空弁にするとか、駅弁にするっていうのがあって、それだけで普通のなんちゃら弁当600円が駅弁1200円になるとか。
知れば知るほど、世の中賢い人とか、しっかり理解している人たちがルールを作っているんだなと感じて、自分は大丈夫なのかなって思った部分も無きにしも非ずです。

記者  起業された後はどういったことがありましたか?

三島社長  起業してみて自分の手札を、人脈をパッと見たときに、― なんかこれじゃやばいだろっていうのはそこで気づいて、どうしようっていう状態にはなりましたね。そこが一番不安でしたね。

記者  三島社長は、自分は弱いからだれか仲間を作る、というよりは自分がまず進めてみるというのが多いですか?

三島社長  まずステータスとして最低基準は自分でしないとなって思います。そこ以下だったので、そこまでは引き上げて、あとは長所伸展法、自分が強い部分以外は、基本見ないようにする。足りないことはまずは社内に入れるとかしなくても、最初の段階だったら外注って言い方は失礼かもしれないですけど、餅は餅屋でプロフェッショナルにやってもらうことをお願いすればいいのかなって思いますね。

記者  起業の最初の問題点というか、お金の工面って皆さん苦労されていると伺っているのですが、起業準備中からそういうのって動かれていました?それとも起業した後でしたか?

三島社長  起業した後からでしたね。相談した先輩に熱意を伝えたら協力するよと言っていただいて。例えば登記のところだったりとか、自分の会社の税理士さんを紹介してくれたりとか。言ってしまうと最初に物をいっぱい買わないといけないような、すごくお金がかかる職業ではないっていうのも理解していましたし、例えばきれいにしていくのは後から付け足していけばいいと思ったので。なのでお金の不安はなかったですね。

記者  プロモーションとか、なにかこれは力は入れたなって思うものはありますか?

三島社長  シンプルで一個しかしていなくて、今も続けているんですけど、起業した時に出会った先輩が、1日50人に会い続けた方で、それで人生変わったよと聞けたので、それに感動して、僕も1日5人に会いますって言って、それで3年間ほど、1日も休まず続けているので、なんか、プロモーションというよりはそれが究極の営業だと思っていますし、それ以外に方法はないと思っていますね。

記者  その5人というのは、顔見知りの人も、新しい人ともですか?

三島社長  基本は新しい人と会うようにはしていますね。例えば誰かと名刺交換をして、連絡をしてまた改めて会うとか、その人のお店に買いに行くとか、その人の会社に訪問していろいろご挨拶して、っていうような流れからどんどんどんどんやっていますね。あと、お客様とかですね。

記者  もともと昔から、自分から話しかけるっていうのは好きでしたか?

三島社長  高校まではこう見えて超引きこもりだったので、人と話すというのは全然できなかったんですよね。
ただ、単純にそれを克服したくて、広島生まれなんですけど、大阪の声優の学校に行ったんですよ。喋るってものを克服しないと社会で生きていけないなってその時に思ったんで、それから声優のプロフェッショナルに行こうと。あと、つまらない人だったので、じゃあ面白さは大阪だと思ったので、東京が主戦場だと思ったんですけど、面白さというエッセンスも手に入れないといけないと思ったんで、大阪の声優の専門学校に行ったのがきっかけですね。
そこから毎日2000人くらい多分声かけたと思うんですけど、しゃべり方や声とか面白さを、どれだけ人が受けてくれるのかっていうのは、実践の場に行かないと手に入らないことなので。本を読んで終わりって人も多いけど、本は読んだものを実践してそこで一周だと思えるので、そこから人見知りはなくなりましたね。

お世話になった人

記者  起業の準備期間3ヶ月間にどういった方々にお世話になったのでしょうか?

三島社長  起業のサポートをしてくれたイベント会社の社長さんなんですけれども、
その方に相談したら「おもろいやんか」って言ってもらえたので、いろいろと相談したら「わからんもんやろうから、全部手伝ったるわ」っていってくれたんです。それから税理士に紹介されたりとか、なんか起業とはこういうもんやっていうような基本的な活きた哲学を教えていただいたりとか、一緒に回ったりしていただいたり、サロンを借りる時は、信用がなかったので、お借りしてくれたりとか。そういったところからもサポートしてくれました。

記者  そのイベント会社の社長さんとの出会いはどのような形でしたか?

三島社長  出会いは僕が俳優をしていた時に、その会社が運営した売れている俳優さんのイベントで、売れていない僕が、受付とか物販のバイトをさせて貰ったことです。
お客さんとかにブログで、イケメン君の俳優のイベントで受付もイケメンのイベントをしているいい会社だねとか書かれたりするので、よくバイトをやらせていただいていました。
起業を決意したときに、自分が知っている中ですごい人ってその方しかいなかったので、ちゃんと相談をしてみようと思って、自分なりの汚い企画書を見せたっていう感じなんです。

記者  100冊読み終わったあとの三島社長が相談されて、アドバイスを頂く時に、ネガティブ要素っていうのはなかったんでしょうか?三島社長に対して、起業というものはこうだとか、大変だぞとか、本当にできるのかみたいな。

三島社長  なかったですね。
おもろいやんって言われて、面白いものなんですねって答える感じです。

記者  耳が痛いって思ったところはなかったのですか?

三島社長  言われてるんだと思うんですけど、おぼえてないんです。
いいなとか、ええやんとか、いいんちゃうとか、儲けそうやなとか、そういうワードしか聞いてなくて、添削された赤い部分だけは見るんですよ。あとは見ないですね。

記者  今でも深くお付き合いはされていますか?

三島社長  関わらせていただいています。ご飯とかいっています。
最初はずっとサポートしてくれてたんですけど、独り立ちをちゃんとするっていう約束でスタートしているので、途中で借りたお金とかはお返しして、今はフラットな関係です。
僕は、フラット以外の付き合いが無理なんですよ。
もちろん、先輩だから敬語は使うし、お客様にも敬語は使いますけど、正直、人って対等な部分でしか見てないので、基本的にマウントを取ってきたりとか、上から来る人ってのは関わらないようにしています。
どんなに肩書きが偉かろうが、お金を持っていようが、そういう姿勢を取ってくる人とは、縁遠いと思っています。
その方に対しても、ご恩としていただいた部分を返して、早くフラットになれる努力はしていきたいと思っています。お金を返したら以前と変わらず「こんにちは」って会える。
アドバイスを頂くとか、どうやっていわれて、こうですって話すような感じで会えるように。

記者  その方とは、お客さんとしての関係もあるんですか?

三島社長  お客さんでは無いです。

記者  実際に施術したことはないんですか?

三島社長  あります。「どういうもんやっていうのは知らなあかんから」って言われて、施術を受けさせっていわれてやったら、これええやんって感じになってくれました。

起業前後の変化

記者  実際起業されて、取締役社長になって自分への周りの反応が変わったところってありますか?

三島社長  そこはないです。関係者以外の人間関係が無かったので、ある意味0構築なんですね。
小中高の知り合いとかはいますけど、今は関係ないんです。
変わったのは自分の中です。今まで全部自分のために生きてきたところから他者のためへと変わりました。自分が成功したいとか、自分がちやほやされたいだとか、我が我が我がって生きてきて役者としても成功しなかった。起業してからは全部他者の健康とか幸せしか考えて無いんですよ。そう考えだしたら、全てがうまく始めたんです。その違いだけです。

記者  教え子をもたれたのは、起業されてからなんですか?

三島社長  ごく最近ですね。4ヶ月前くらいから、毎月日曜日にレッスンをやっています。

記者  何かきっかけがあったんですか。そのタイミングで気持ち的変化が?

三島社長  自分がやりたいからではなく、きっかけは、僕の全然知らない人から、「めちゃめちゃ面白そうなんで会わせてください」ってリクルートのメールをもらったことでした。
じゃ、メールしましょうって返信して、お茶してみたんです。
こういう業界で起業したいんですけど、三島さんの技術を教えてくださいっていう人で、この業界で成功してたり、楽しそうなやつを見たことがなかったし、どういう場所に行っても楽しそうなやつがいなかったといっていました。

記者  三島さんのことをどのようにして知られたんでしょうか?

三島社長  たまたまネットサーフィンしてたら、テレビで見たことがある僕を見つけて、テレビで見た際にすごい楽しそうに仕事してるから、会ってみたいって思ったそうです。
会ってみたら、みんな技術があればものごとがうまくいくと思っている人が多かったんです。だから、「技術じゃないよ。」って教えてあげました。
技術を包丁に例えると、すごい切れ味のいい包丁があっても、それで美味しい料理を提供することも、殺す事もできるのだから、持ち手の部分が一番大事なんだよ。
そこを鍛える事が絶対大事で、そこを鍛える事は教えてあげられる。それを身につけたあとに、研ぐなり包丁を変えるなり、技術はあとにしたらいいんじゃない。そこを学校で習ってこないから、そこを教えますよという話をしています。

記者  その教え子の人たちも、プレーヤーとしてずっとやりたいっていうよりかは、経営者としての三島さんからも教わりたいっていうことですか?

三島社長  両方ですね。でも、まずプレーヤーをやってから、経営者もやりたいんだと思います。
マトリョーシカのように自分の器のちっちゃい版はつくれるんです。
自分の器以下のことを教えることはできます。
その先の器をでかくする方法は、また違う船に乗ったらいいんです。
無責任といわれるかも知れないけど、僕は無責任だと思っていない。

記者  メールが来たから、お会いになられたということでしたけど、業界の人とか、起業家などであればまだしも、三島社長ほどの人が、突然知らない人からメールをもらって、なぜ会おうと思ったんですか?

三島社長  だって、そこが一番アンテナを張っていて、超優秀な人じゃないですか。
お金で来たとか、リクルートの求人情報誌から来たなんて、誰かのパッケージの上に乗っている程度の熱量なんて。
それよりも、理想を追って、僕を見つけてきたっていう人間が一番優秀な人なんじゃないですか?
その人に会わないって、それほどもったいない事って無いと思います。

記者  メールの内容ですが、教わりたいみたいな感じで最初から来てました?

三島社長  まあ、見て興味があるんで、面接してください。バイトで、みたいな感じでした。
僕の会社のホームページっていうのは、バイト募集ですとかそういうことは、あまり書いてないんですよ。
「10000人を笑顔にするよりも、100人を笑顔にする人です。興味ある人は来てください。」みたいにホームページ上にずっと書いているので、それに呼応した人たちが集まってくるんです。
お金でいくらで、週何日でとかっていうリクルートは、私は出してないんです。

三島社長  僕という人間に興味がある人come onみたいなところで来てるので、別に大企業にしたいつもりではないですし、あくまでそういう自走できる人間がくる言葉って何だろうと思ったときに、そういうワードになったんです。お金でも時間でもない人を、まず集めるのが大事だと思うんですね。そこができてから、次がたぶんフェーズ的にお金とか、時間じゃないですか。

記者  教え子さんを取られる前と取られた後、自分が頑張っていくという立場から、教えなければいけないという立場に変わった時に、自分の考え方が変わったなというところはありましたか?

三島社長  やっぱり、伝えることの楽しさは、何倍も楽しいと思いますね。

記者  施術の教え方っていうのは、例えば、三島社長がいらっしゃって、教え子さんがいらっしゃって、実際にお客さんに現場でやっていくんですか?

三島社長  その人が、健康にしてあげたい人をひとり呼んできて施術をします。

記者  美容師さんのカットモデルみたいな感じで?

三島社長  まあ、そうですね。
健康にしたい方に寝てもらって、この人が健康になる方法っていうのをまずは身につけていただいて、教えるのはその先なんですね。人をどうにかしたいってところの先に、想いがあって、その人に対してどういう技術で目的をつくっていくかなんです。

三島社長  そこに対して、自分の理論というのを提供してあげて、口伝とまでは言わないんですけど、やってあげたい人を確認して、本人が前より良くなったと言ってもらえるように指導します。それが自信になってくるから、それを伝え続けています。

記者  三島社長は厳しい人ですか?

三島社長  まったく怒らないし、厳しくないんじゃないですか。

記者  怒るマネジメントというのもあると思うんですけど、ミスに対して厳しくされずにどんな感じで教えるんですか?

三島社長  上からって考えて無いんですよ。同じ時間を共有していただく訳だから、お客様も仲間も家族も一緒だと思います。楽しくない人と一緒にいたくないでしょう。
僕はいたくないんで、楽しんでくれるようにしか考えないんです。お金にもわくわくする。仕事にもわくわくする。わくわくしない人は去ってもらっていいんです。来る者は拒まず、去る者は追わずです。
例えば、取り返しの付かないことだったら怒りますけどね。でも怒っても何も始まらないと思ってるので、普通は怒りません。

記者  起業後や、教え子をもつタイミングとかでの、大きな変化はないなって感じはしましたね。そこにターニングポイントがあって自分自身が大きく変わったんじゃなく、最初に変わってるんですね。

三島社長  たぶん27才ぐらいまでは、「らしさ」を完全に封じてたんです。
社会とはこういうものだとか、だれかが言うからやらなきゃ、お金は働いて稼がなきゃいけないから楽しくなくてもやるもんだ、というように「らしさ」を封じてたんですけど、今は、「らしさ」全開がリーダーシップにもなると思っています。
いろいろリーダーシップ論があると思うんですけれども、自分なりのリーダーシップっていうのが「らしい」状態でいるっていうことなんです。それが僕なりのリーダーシップだと思うので、「らしさ」を全開にしています。

記者  社会がグローバルなんで、外国人の筋肉を触ってみたいというのはありますか?

三島社長  もうやってるんです。ハリウッド、ロス、エジプトに施術にいっています。
瞑想の旅をしたりとか。バリいっていろんな外国の人に施術したりだとか。

記者  お客さんの属性的な違いってありますか?

三島社長  ないです。もちろん、体のつくりが違うので、変えていくけど。
ただ、ビジネスとして見てしまう部分もあるので、お金じゃない部分で100%動けてるかというと、動けて無いと思いますね。

記者  そこは経営者の大事なところですね。

三島社長  僕は、地球で仕事している感じなんです。グローバルっていうと国があるけど、地球っていう一枚の板の上で動いてるだけなんです。

思い出の一枚

記者 最後に、思い出の一枚をください。

三島社長  旅でエジプトのナイル川で高級クルーザーに乗って施術した時の写真です。
起業してから2年で、ホームレスだった人生が社会や大切な人に貢献する世界に変わりました!

記者 三島社長、本日はありがとうございました。

基本情報
会社について
会社名
株式会社HPP
住所
渋谷区恵比寿西1-5-1-502
事業内容
根本改善美容家
企業理念
地球は健康でできている
独自の強み
地球で自分しかできない技術と体験を使うことで歩けない人も根本改善する。
WEBサイト
http://www.hppsalon.com/
著書
三島桂太の挑戦 元ホームレスから世界を目指す男



業界について
選んだ理由
日本一のブラック業界、50万人いて年収200万円が99%、1%しからしく生きれてない。
今後の展望
何を言ってるかの時代か誰が言ってるかの時代なのでそのサービスを作り貢献する。
社長について
趣味・休日
瞑想、昆虫鑑賞
尊敬する人
妻、息子、母父、自分を100%愛してる人

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