起業HISTORY
まつげエクステサロン MANHATTAN代表(日本・アメリカ 全8店舗経営)
ざわちんさんはじめ多くのタレントを施術。現在、目元プロデューサーとしてメディアでも活躍中。
美容師免許、認定エスティシャンの資格を保有。
起業のきっかけ
記者 垣内社長が会社を起業しようと思ったきっかけについて教えてください。
垣内社長 ニューヨークで出会ったネイルサロンを経営している友人が、「あなたならできるよ」と言って、背中を押してくれたんです。友人は私が過去にまつエクの施術をしていたことを知っていたのと、、福井県にまつエクのサロンがないということを教えてくれたので、それをきっかけに東京ではなく福井県にサロンを出しました。
記者 もともとサロンのアルバイトか何かをやっていたのですか?
垣内社長 27才の時に、何か自分に特化したものが欲しい、そして人生を変えたいという思い、本当に自分がやりたいことはなんだろうと考え、留学という形でニューヨークのマンハッタンに自分探しの旅に行ったんです。そこで、この仕事をやりたいというのを決意し、日本に帰ってまつエクのサロンで修行をさせてもらったんです。
私、中学生のころ、実は円形脱毛症で髪の3分の1ほどが抜けたことがあり、自分は美容をしてはいけない人と思い、綺麗になる美しくなるということからかけ離れていった時期がありました。高校生になって髪も生えてきて、マスカラを体験したことをきっかけに、大阪でスカウトされて雑誌モデルもさせていただいたこともありました。その頃から自分の中に、目元って小さいパーツですけど、こんなにも人の心や人生を変える、素晴らしいパーツなんだなという気持ちがありまして、そこで、目元を変える職業というのは素晴らしいとなりました。
記者 ご自身の体験から辿り着いたのですね。
垣内社長 ただ1をやって1終わるというよりも、マネージメントや会社を大きくする方にも興味があったので勉強させてもらいました。でも、美容から離れたことが寂しいと思い始めて、そのときに友人から声がかかり、自分でやってみようということでサロンを出しました。
記者 ご出身は関西ですよね?アメリカの友人に福井県にはサロンが無いと聞いたと仰っていましたが、無いからこそ挑んだということですか。
垣内社長 そうです。私は美容を通して人を幸せにしたいと思い、目元を変えることで喜んでいくお客様の姿を見ていました。東京のサロンで働いてたこともありましたし、それは別に福井県じゃなくてもよかったのですが、実現できていない地域でやりたいという思いが強くありました。地域をこだわったわけではなく、サロンが無い福井県だと、たくさん求めてる人がいるだろうということで出したという感じです。
記者 例えばですけど、東名阪に店舗が集まるのは人が多くニーズがあるかどうかということがすでに分かっているからだと思うんです。ですが、店舗が無いマーケットには、もしかしたら刺さらないかもしれない。そういう恐怖はありませんでしたか。
垣内社長 今思えば怖いんですが、絶対いけるだろうという思いで出しました。その時ネイルサロンで働いてる友達がいて、「まつエクないの?」って声もありましたが、日本の流れ的には女性がまつエクを1度すると、止められなくなるというのは分かっていましたから、マーケットも調べずに出しちゃいました。
起業までの期間
記者 先ほどきっかけのところでストーリーのお話を聞きましたが、起業しようという気持ちになってから実際起業するまでにどのぐらいの期間がかかりましたか。
垣内社長 ニューヨークに行ったときもそうですが、私って決意したら早くて、思い立ったら即行動というところがあるので、店舗決めととか店舗出来るまでの間もありましたが、4~5カ月で出していたと思います。秋くらいに思い立って、春には出していました。
記者 やりたいことをやるというのは、ご自身が手に職をつけているからできることかと思うんですが、例えば経営のところとかは師匠がいらっしゃったりするんですか。
垣内社長 師匠ということで言えば、私が昔ビジョンで働いていたころに営業をすごく学んでいたので、ビジョンの先輩方にはいろいろ教えていただきました。ビジネスに1番大事なのは、お客さんに物・技術・商品を提供するときに、お客様が欲しいと思ってもらえるものを、ちゃんと届けることができるかということだと思っています。営業ってきくと押し売りというイメージがあるとは思うんですが、そうではなくて、その方の求めているものをしっかりお伝えして提供すれば、必ずお客さんの心に響くと思っています。そういうところをビジョンで学ばせてもらって、それさえできれば売り上げが上がる。そして売り上げがあがればなんとかなると思っています。ビジョンで学んだことは今でも役に立っています。
記者 組織の中に入るよりも、独立して自分の好きなようにやりたかった気持ちが強かったんですか。
垣内社長 それはよく聞かれるんですが、実は組織に入っていることもすごく好きなんです。ビジョンはすごく良い会社で、本当にチームワークが良かったんです。みんなで一つの数字を目指そうとか、そういう揉まれる世界もすごく好きだったんですけど、美容とは全然違うなと思ったんです。私が本当にやりたいことは、美容を通して人々を幸せにしていくことなんです。今やっていて本当に痛感しています。こういった仕事が本当に好きなんだと思います。ビジョンみたいな会社だとできなかったので、自分で美容版ベンチャーみたいな会社を作りたいと思いました。
起業中の出来事
記者 起業前後に苦労したことや失敗したことなど、思い出の話をお聞かせいただきたいと思います。まず企業前の準備をしている期間でそういうことはありましたか?
垣内社長 私の苦手分野である経理などの細かい所ですね。税務関係や社会保険のことなどもありました。従業員のお給料なども全部自分で計算していたので、本当に1からで分からないことだらけでした。税金の計算も税務署に張り付いていろいろ窓口で教えてもらいましたし、税理士さんを雇うということも全然分かりませんでした。まずつけたのは弁護士さんだったんですけど、弁護士と保険に入って、保健所登録してたら大丈夫って頭があったんです。でも税務関係までは全然分かっていなかったので、本当に苦労しました。
記者 起業家の人たちは、起業家の先輩方に教わって税理士さんを紹介してもらう方と、垣内さんみたいに自分で頑張る方がいらっしゃるんですが、起業の先輩はいらっしゃらなかったんですか。
垣内社長 確かにいたことはいました。私は東京に住んでいましたけど、関西にいたんですね。最初は自分でネットで調べたり探したりしてたんです。でもあとから今の税理士さんであったりいろいろ紹介してもらいました。弁護士さんはもとから知り合いだったんです。先輩はいましたけど、教えてくれる方っていうのはそんなにいなかったかもしれないですね。
記者 最初に繋がった税理士さんと今の税理士さんはずっと同じ人ですか。
垣内社長 違いますね。
記者 1番最初の税理士さんと繋がったタイミングはどれぐらいの時だったんですか。
垣内社長 友達から紹介していただいた方が最初の税理士さんだったんですが、関西の方だったのでやり取りがしづらいということで、東京の税理士さんに変えさせていただきました。
記者 ありがとうございます。今のは企業前の税務関係が大変というお話でしたけど、起業してから大変なことはありましたか。
垣内社長 私たちサロンは従業員という人を扱わせていただく仕事です。最初の一店舗目は私も目が届くのでよかったのですが、店舗が増えてきて今アメリカも合わせて8店舗あるので、目が届かなくなってくると人事関係の問題が起きてきて、それが1番大変だと思います。やはり自分の主観でしか評価してあげられなかったりするので、自分自身まず悪かったところ反省して組織を変えていかない、大きくならないということで、2年前ぐらいに人事評価制度を入れさせていただきました。
記者 人事評価制度を導入されたのは、垣内社長ご自身で入れたほうがいいと判断されたんですか?
垣内社長 ベンチャー企業を経営されている経営陣に相談させていただいて、こういうのを入れたらどうだろうと紹介されたのがきっかけです。
記者 税務関係は税理士さんがいらっしゃいますが、今会社の中での垣内社長の立ち位置っていうのは、施術にたいしてのプロフェッショナルっていう、1番のトップであると思うんですが、育成とか人事関係とかを全部やってらっしゃいますか。
垣内社長 一応本部があります。本部のマネージャー軍を私がマネージメントさせていただいて、マネージャー軍が店舗の責任者とやり取りをするというピラミッド形式で働くようにしています。
記者 8店舗もある大きな組織なので、縦割りは重要ですね。
垣内社長 今これぐらいの人数で店舗数なんですが、もっと大きくしていきたいので、今土台作りをしっかりと頑張らせていただいているところです。
記者 順番的にアメリカに進出されたのはどれぐらいですか。
垣内社長 3~4年ぐらいです。
記者 例えば国内で広げていくのか、海外でグローバルに頑張っていきたいのか、どっちの方面でいくというのはありますか。
垣内社長 今までは無いところに出したいという思いがあって、最初は計画性もなくどんどん出したいという気持ちだけで出していって、気づいたら今の組織が出来上がっていました。今はもっと組織を大きくしていきたいんだったら、と逆算して考えるようになっているんですが、その時期はまだ起業して2~3年だったので、一歩ずつ進んできた感じです。アメリカに出した理由としては、アメリカという美容の発信地であるようなところで私も出したい、勝負をかけたいという気持ちがあり、アメリカのシカゴに出させていただくきっかけがあり、出すことになりました。
記者 まつエクの業界はどこが発祥の国なんでしょうか。今盛んな国はどこでしょうか。
垣内社長 発祥は韓国って言われていたりいろいろあって分からないんです。盛んなのは技術的にアジア圏になると思います。アジア人はすごく手先が器用で、うちのアメリカの店舗であるシカゴ店も、リクルートで最終的にジャッジをして入れているのは全員アジア人です。モンゴル人・韓国人・北朝鮮人の子もいますし、日本人のスタッフもいます。アメリカ人はコミュニケーションがすごく上手で、値段も高くみられるらしいんですが、器用さはアジアがずば抜けてすごいと思います。私は韓国の大会の審査員とかも行かせていただいてるんですが、日本は今商材屋さんも衛生面もうるさくしているので、日本が1番きているんじゃないかと、私自身は思っています。
記者 いろんな国籍によってどの人が器用とかいろいろあると思いますが、日本も海外も含めて、採用基準を教えていただいてもいいですか。面接で採用してくるのか、実務をしたりするのか。
垣内社長 うちはいい子を取るというより、いい子を育てていくという会社なので、やる気と情熱さえあればどんどん採用しています。一生懸命やっていれば、最初はへたで失敗があっても、お客様に伝わってこの子についていきたいと思ってもらえるような業界です。もちろん一定の基準になるまではお客様に施術をすることはありません。でも施術をするようになってからは、その人の人情・やる気・お客様を綺麗にしたいという気持ちが1番大事なので、施術者の採用には1番重視して見させていただいている点になります。
記者 ありがとうございました。
お世話になった人
記者 お世話になった方を教えていただいていいでしょうか?
垣内社長 最初日本では大きくしようと思っていなかったので、友人や家族ですね。起業家の知り合いもあんまりいなかったんです。アメリカの店舗の立ち上げは周りから反対されていたので、その時はお世話になった方が何人もいらっしゃいます。アメリカに出すと決まったときに、州によって法律も違い、税の問題も全然違うので、やはり自分一人では出来ないと考えました。ビジネスパートナーを見つけたいという思いになり、私たちの技術を買ってくれる人を探すということで、ニューヨークでやっている美容イベントに行きました。
記者 アメリカのことはアメリカで聞けということですね。でも何のツテもないんですよね。
垣内社長 はい。1ブース1ブースに赴き、オーナーさん探しをしたり、時には、「あなたに技術教えるよ」と伝えて怒られたりもありました。一つ一つ回って行きどんどん話をしていきうちに、同じような業界でネイルのプロダクトを作っている会社の方が、まつげのプロダクトも作ってみたいとすごく興味をもってくださって、そこの社員の方とお話することができました。
記者 ようやく、第一歩が踏み出せた感じですね。
垣内社長 ですがオーナーさんがいろんな国を飛び回って世界中でお仕事されているような方だったので、なかなかお話することができず、他のイベントに行くよと言われたときには会いに行ってプレゼンをしにいっていました。
そのオーナーさんの社長秘書をやっているドゥリィという女の子が、私がいつも身一つでオーナーさんに話をしに行ってる姿を見て、夜ホテルに来て「綾子はなぜそこまでしてアメリカに出したいの」って聞いてきたんです。私は自分の思いを彼女に伝えると、じゃあ私も協力するって言ってくれて、ある日オーナーさんが日本に行くよっていう連絡をしてくれたんです。その日私は社員旅行で海外に行っていたんですが、私だけ早く帰ってきてプレゼンに行ったんです。するとオーナーさんも「そこまで情熱持ってやってるんだったら一緒にやろう」って言ってくださって、それがきっかけでアメリカに店舗を出せることになりました。今はその彼と役割分担を決めてやっていて、おかげさまですごく繁盛しています。彼女が私の姿を見ていろいろケアしてくれていなかったら今がないと思うので、1番その子に感謝しています。アメリカの店舗の立ち上げのきっかけになりお世話になった人ですね。
記者 ドゥリィさんとは今でも繋がっているんですか。
垣内社長 そうですね。彼女は今子どももできて、もともとデザインの仕事がしたい子で、今もアメリカに住んで仕事をしています。
記者 垣内社長はどのぐらいのペースで店舗を周られてるんですか。アメリカにはどのぐらいの頻度で行かれてますか。
垣内社長 アメリカには年2~3回です。
記者 日本の店舗は回られること多いんですか。
垣内社長 今私は、日本の店舗は回るというよりは、本部の方とのやり取りが多いです。
記者 ありがとうございました。
起業前後の変化
記者 実際に起業して社長になられてから、自分自身のメンタルの変化や周りの友人などの対応の変化、そういったことで思い当たることはありますか。
垣内社長 私はサロンオーナーなので起業して社長になったという感じがしなくて、変わったということはないんです。でも以前他のサロンでマネージャーをしていたときと違うなと感じたことは、社長って孤独とは聞いたことがあるんですが、本当に孤独だなと思うことがよくあるんです。例えば会社の経営という部分で、従業員のことをもっと考えたいという気持ちがあるんですが、その一方で会社を継続させていかなければという気持ちもあるんです。そこのバランスを判断したときに、悲しむ子が出てくるかもしれないということです。会社を継続させていくためには、二者選択をどんどんしていき、いろんな決断をしていかないといけないので、社長になって自分の中ですごく孤独を感じることがあります。1番そこが今でも苦しかったりしますが、周りの家族や友達に支えられて今こうしてやってこれています。
記者 会社の中に垣内社長の右腕・ナンバーツーみたいな人はいらっしゃいますか。
垣内社長 いますね。その子がいるおかげで、本当に私は支えられています。特に本部メンバーは私と近しい存在ですので、私の気持ちをすごく察知してくれるんです。すごく恵まれてると思います。
記者 厳しくしなければいけないときもあると思うんですが、それは幹部の人たちにしていきますか、現場までいきますか。
垣内社長 美容のお仕事を表立ってやっている部分もあって、結構控えめな性格だと思われるんですが、私体育会系で兄弟の中でも姉なので、現場でも叱ったり思ったことをしっかり言うことはやっていたんです。でも最近は幹部の方でそういった形で指導させていただく形に変わっていっています。
記者 スタッフの人たちは幹部の人も施術現場の方も、女性が多いんでしょうか。
垣内社長 女性ばかりですね。
記者 女性のマネージメントは難しいとよく聞くんですが、何かコツみたいなものがありますか。
垣内社長 女性はホルモンのバランスが崩れやすいんですね。私今妊娠しているんですけど、妊娠や生理などそういった女性特有のホルモンバランスで精神的なところで悩みがあるんです。うちも評価制度を入れているので、面談などをしてそういったところを理解し、会社の仕組みで入れていかないと、なかなか会社は理解してくれないっていうふうになってしまったりすると思うんです。マネージメントをする上で、今日ちょっと落ち込んでるな、前と言ってること違うなと思ったときに、ちょっとホルモンバランスが今悪いのかなと、そういうことを察知できるように、会社で気をつけるように、今取り組んでいるところです。
思い出の一枚
記者 最後に、思い出の一枚をください。
垣内社長 美容の力は世界でどれだけ通用するのだろうかと疑問を持ち、思い立ってアフリカへ行きボランティアでまつエク施術をした時の写真です。終わった後彼女は驚きの声をあげ喜びに満ちた力強い目でこちらをみて『ありがとう』と言ってくれました。これほど嬉しいことはあるのだろうか?と感じ、強く感動した時に美容の力を確信しました。そのことが出店拡大へのきっかけとなりました。

記者 垣内社長、本日はありがとうございました。
- 会社名
- 株式会社ARCH
- 住所
- 〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-5-8 初鹿野ビル7階
- 事業内容
- まつげエクステサロン
- 企業理念
- MAKES YOU HAPPY
- 独自の強み
- 思い立ったら即行動
- WEBサイト
- http://manhattan-eyelash.com
- 選んだ理由
- 美容を通して人々を幸せにしたいと思ったから
- 今後の展望
- 美容をきっかけに心が豊かになり笑顔が増え心から綺麗になる人が増える社会をつくれる社会を作ること(内面的・外面的のHAPPYの連鎖)
- 趣味・休日
- 海外旅行
- 尊敬する人
- 両親
- 出版した書籍
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